歌って家事して心ぽっかぽか

人生100年時代。結婚&仕事はめぐり逢い。心地よく暮らすためのチームづくり

WRITER
 
この記事を書いている人 - WRITER -
大学在学中に婚約。家事と子育てを優先しながら、小さくキャリア形成。暮らしの中で出会う課題は自らの成長と捉え、すべてを学びに変える。自分にしかできない工夫をしたり、誰にもできない極め方を発見して、楽しみを見いだすことが得意。
詳しいプロフィールはこちら

毎日の暮らしを心地よく軽やかにしたい人を「暮らし遊び村」では応援しています。

私のキャリアは、偶然、巡り合った人から求められるままに進み、積み上げてきました。そんな私のたおやかな人生について話します。

 

出逢いは人生を大きく変える。結婚の決め手となったエピソード

大学受験に失敗した私は、短大で主に英語について学んでいました。国費留学生との国際交流ボランティアにも熱心に参加していました。そんなとき、私に転機が訪れます。それは、人間関係学という”人間であること”について考える面白い授業でした。

その授業では毎回レポートを書き、授業後に提出することになっていました。私は文章を書くのが得意なこともあり、バーッと書いてすぐに提出していました。のちに聞いたところ、私がいつも1番だったそうなんです。それもびっしり書いて。

その印象が担当教授には強く残り、私がどういう子なのかと気になっていたようで、進路のことを話す間柄になりました。しばらくすると「ぜひ、私の仕事を手伝って欲しい」と言っていただき、教授に導かれるように、通信課程で学士を取得することを決意したのです。

ただ、これが本当に大変でした。レポートの提出も多く、難易度も高い大学でしたので、ストレートに卒業できる人は、ほんの僅かしかいませんでした。それでも、最短の3年で卒業できました。それも、文章を書くのが得意だったことが大いに役立ってくれたと思います。

このように、教授との出逢いは、人生のターニングポイントとなりました。そして学生時代には、もう1つ大きな出来事が…それは夫との出会いです。まだ会ったこともないのに、夫が映る動画を見て何だかすごく惹かれるものがありました。

友人の紹介で、実際に会ってみたら「この人と一緒に暮らしたら、一生、楽しくなるなぁ」と思えて。大学4年生のとき、1年後に結婚をする約束をしました。まさか学生時代に婚約をするとは思ってもみませんでしたが、運命の人に出逢えたことは嬉しかったですね。

 

夫との喧嘩で開けたキャリア。家事と子育てを優先した働き方を追求

卒業後は大学院に行き、教授の仕事を手伝うつもりでしたが、婚約をしたので進学はしませんでした。実家のある大阪で、半年だけ働ける職場を探しました。半年後には夫が働く東京で一緒に暮らすことになっていたので、それまで実家で過ごそうと考えたのです。

採用されたのは、大学医学部の教授秘書。秘書業務はもちろんのこと、科学研究費というものがあって、その経理事務にも携わりました。半年間でしたが、いい経験を積み、職場の皆さんも明るく東京へ送り出してくれました。

そうして、東京での新生活が始まりました。狭い社宅でしたが、夫の友人とのホームパーティーが日課でした。それまで料理は親の手伝い程度しかやったことがないため、人様に召し上がってもらうための料理を研究。おかげで料理の腕は格段に上達しましたね。

 

そんなある日、夫と喧嘩をしました。夫は今でも喧嘩ではなかったと言いますが、私からしたら喧嘩だったんです。どちらが悪い、良いではなく男女の価値観のズレって、どうしてもありますよね。最終的に「私は、今日中に仕事を決めてくるから!」と家を出ました。

夫は「仕事なんて、そんなにすぐ決まらないだろう」と高を括っていたようです。

しかし、私はすぐに仕事を決めて帰ってきました。勤務先は、出版を営む資格教育企業。スタートアップ業務に携わることになりました。週4日勤務し、あと1日は自宅の一室を使って書道教室を開業。4歳から書道を習い、師範をもっていたので、一度だけ人に教えてみたいと思っていたんです。

出版社と書道教室の二足の草鞋生活を3年ほど続けたとき、横浜にマンションを購入することに。それまでの私は、子どもを産むことに積極的ではなかったのですが、マンションの一室がぽっかり空いているのを毎日みているうちに、子どもが欲しくなりました。夫は子ども好きなので、私の気持ちが変わるタイミングを待ってくれていたみたいですね。

子どもが産まれることをきっかけに、出版社は辞めることにしました。しかし、出版社から「コラムを書いてみないか」とオファーがあり、出産や子育て、食についての暮らしコラムを書くことに。出産後も家事と子育てのスキマ時間に、コラム執筆をリモートワークで続けていました。

 

人から求められるままに、たおやかに生きる


出産後、気分転換に長男を連れて、地域の子育て支援広場へ行ってみると、案内してくれた方との会話の中で「実は今、財務をやってくださる方を探しているんです」と言われました。私はキャリアの軸を”家事と子育てを優先する”と決めていたので、差し支えない範囲でなら、また働きたいなと思ったんです。

利用者として伺ったのに、気づけば運営スタッフとして参加させていただく形に。それでも、子育て支援広場には長男を見てくれる人が沢山いて、子どもの預け先を心配せずに仕事ができたことは本当に恵まれていました。

 

次男を出産し、長男が3歳になったときです。夫が静岡に転勤になり、横浜市の仕事もコラム執筆も辞めることに。ちょうど下の子も産まれ、長男の幼稚園が決まると、園長先生から急に連絡がきたんです。「横浜で子育てに関する仕事をしてたって聞いたんだけど…」って。

保育に精通している訳ではなかったので、保育はできないけど大人の心のケアを実践したいと思っていることを告げると、「それをうちでやってくれれば!」と言っていただきました。そうして、その園が運営する子育て支援施設で、お母さんたちの心のケアをすることになったんです。

人生の縁を強く感じましたね。大学時代も、結婚のときも、仕事だってそうですが、出会う人が私をいろんな場所に連れて行ってくれるんですから。しかも、「力を貸して欲しい」とオファーをくださって。本当にありがたいですよね。人生って家事を丁寧に積み上げていると、自分の心地よくいられる居場所までちゃんと流れ着くようになっているんだなと。

お母さんたちの相談会をやらせてもらっているうちに、園長からの相談を受け、無認可の幼稚園を許認可してもらうための仕事をすることになりました。横浜時代は行政に提出する書類を大量に書いていたこともあり、固い文章を書くのは得意だったので、本格的に運営者(理事・事務局長)として携わることにしたのです。

それからは、静岡市の保健福祉センターなど公共機関で働く保健師さんからも相談業務を手伝ってほしいと、声がかかるようになりました。専門家だと相談者が身構えてしまうこともあるそうで、資格がないからこそやってもらいたいとのことでした。

未知の領域への挑戦でしたが、せっかく頼ってくださっているのだからとお受けし、精神疾患など心の病気を抱えたお母さんたちの集まる、相談会に出向することに。専門家の方ももちろんいて、私はお母さんたちに一番近い存在として、相談業務を担いました。

相談会では、家事や子育てと自分の病気をどうやって折り合いつければいいのか、といった悩みを聞きました。これまでは悩みを共有できる場がなく、一人一人が孤独の中で暮らしていらっしゃったんですよね。そんなお母さんたちにもだんだんと笑顔が溢れる機会が増えていき、私もすごく嬉しくなりました。

 

事業を立ち上げたことで見えた、自分の改善点

その後、2019年に独立開業。40代半ばでの起業でしたが、自分のことがより客観的にそして鮮明にわかるようになったんです。よく「長楽さんって失敗とかしてなさそう」って言われるんですけど、全然そんなことなくて。むしろ他の人より多いんですよ。

ただ、失敗があってもそれを即改善しようと思っているので、人生においては結果的にプラスになってしまうんです。何かに挑戦するときって、失敗するのが嫌だなとか、無駄かな…と思ってしまいがちですが、どんなことをやっても人生においてはスパイスになるし、動いていることで学び得られます。

それに、自分一人ではできないことも、周りの人を巻き込んで動いていたら、いつの間にか達成していることもあります。私なんてまさに自分の意思よりも、人から求められる場所で過ごしてきたので、強くそう思いますね。人を頼ることも頼られることも大事だなと。

 

2021年には「暮らし遊び村」をスタート。毎日の暮らしを子ども時代に夢中で遊んだような気持ちで過ごせることをコンセプトに立ち上げました。また、延べ3,200人以上の悩みを解決してきた経験から「悩める人たち」の気持ちを軽やかにすることを目指して活動中です。

サイトの立ち上げには、30職種の方々の協力があり、「暮らし遊び村」というネーミングもコンテンツプロデューサーさんが考えるきっかけくださいました。私自身、人生においてもキャリアにおいても、「暮らし」と「遊び」という2つのキーワードを大切にしているんです。遊びのように暮らしが営めたら、きっと誰もがいつまでも元気で幸せに過ごせるのかなと。

暮らし方が人生を大きく左右してしまうことを、多くの相談をお聞きしながらも感じています。でも、悩んでいる方って何をしたらいいか、何から始めたらいいか、はたまたご自身の暮らし方に問題があるとさえ気づいていない場合も多いんです。そんな方々に楽しく元気に暮らすコツを届けていきたいと考えています。

正解がないのが人生です。能力や年齢を気にせずに、いろいろやってみるのが良いのかなと感じています。専業主婦だから、能力がないから、と自分を決めつけず、むしろ専業主婦をやってきたからこそ見えることや、世の中に貢献できることって多いんじゃないかと私は思っています。

何せ、私のキャリアの軸は”子育てと家事を優先する”ですからね。認めてくれる人と出会えなくても、この人がダメなら次!次!と心地よい場所を探す旅が人生だと思うので、そうやって歩んでいくと思いがけない出会いや学びがある気がします。それを繰り返していくと、自分が心地よく暮らしていくためのチームづくりに繋がってきます。

自分が困っているときや、弱っているときに寄り添ってくれる。そんな味方になってくれる人に、あなたもきっと出会えます。

この記事を書いている人 - WRITER -
大学在学中に婚約。家事と子育てを優先しながら、小さくキャリア形成。暮らしの中で出会う課題は自らの成長と捉え、すべてを学びに変える。自分にしかできない工夫をしたり、誰にもできない極め方を発見して、楽しみを見いだすことが得意。
詳しいプロフィールはこちら

Copyright© 暮らし遊び村 , 2024 All Rights Reserved.