「ケの日」と「ハレの日」。食事も情報もメリハリキープできたら絶好調

ハレの日の気持ちを表す晴れやかな花
花が咲いたような気分を味わえる「ハレ」の日。そんなにないですね。

人生って「ケの日」のほうが多いんですって。

最近は、毎日が「ハレの日」のような生活を送っている方が増えています。

そもそも「ハレの日」と「ケの日」の意味ってなんなの?

「ハレの日」とは

古来より、日本人は結婚式や年中行事を行う日を「ハレの日」。だから、非日常的なイベントの日を「ハレの日」と呼ばれています。

「ハレ」の日には、晴れ着を着たり、神聖な食べ物である餅や赤飯を食べたり、お酒を飲んで祝ったりして、特別な日でした。祭りの華やかさ、行事の晴れやかさ、ケガレを落とした後の清々しさが「ハレ」です。

「ケの日」とは

「ケの日」とは、普段通りの生活を送る日です。日常生活そのものです。

陰鬱な気持ちや何かよくない力、病気や死など、「ケ」の生活が順調にいかなくなることを、「気枯れ」=「ケガレ」といって忌み嫌ってきました。「ケガレ」を落とし、単調になりがちな生活に「ケジメ」をつけて、「ハレ」の日を迎える。そうした物事の繰り返しで暮らしを成り立たせています。

昔の日本は、「ハレ」と「ケ」の日の境界が顕著でした。「ハレの日」は、一年のうちにほんの少しだけ。一年の大半は「ケの日」でした。

現代は、その境界線があいまいになってきています。

現代版「ハレ」と「ケ」

今の生活を振り返ってみると、「ハレの日とケの日の区別なんて全然ない」という方が大半ではないでしょうか?

たとえば、美味しい食事をしにレストランに出かけることも、本来はハレの日のイベント。楽しくて、気分があがることだから。

服飾品を買い込むことも。

旅行に行くことも。

そう考えていくと、いまの生活は、ほぼ毎日が「ハレの日」。「ケの日」が少なくなっていることに気づかれませんか?


それではインプットが過多になるのも無理はないです。情報のインプットが多すぎると、ヒトは疲れてしまいます。インプットした情報は、アウトプットの時間をしっかりとってこそ、活かされるのです。

何もない1日。朝起きて、食事を3回作って食べ、しっかり仕事・家事をする。暮らしを整えるための整理収納をして、家族と語らい、そして眠る。

こんな静かな時間「ケの日」が必要です。ケの日を増やして行くためには、インプットの量を抑制するしかありません。

買ったまま着ていない洋服や靴、積ん読のまま放置されている本、押し入れの奥で眠っている通信教育の教材、使わないまま段ボールごと山積みになっている日用品など。

こんなことを整理して、しっかり自分のものにしていく時間がありますか?


人生はいいことと悪いことの繰り返し

日々に「ハレ」と「ケ」があるように、一人の人の日々の中にも光の部分と影の部分があります。悪いことが起こると「明日はきっとよくなる」と自分を励まします。よいことが起こると「いいことばかりではない」と喜びすぎるのを戒めたりすることがあります。この感覚は、日本人の暮らしのメリハリや心の影響と深いかかわりをもっています。

ただ、現在の自由になった日本では、なかなかこういう感覚をもつことが難しくなってきていますね。意識的していないと、ついつい毎日が「ハレ」になってしまいがち。

「ケ」の日を、どう使うかが、現代人の課題ではないでしょうか? 「ケ」の日の使い方がうまくいかなくなっているからこそ、病気や不幸などで「ケ」の生活が順調にいかなくなると、途端に暮らしが破綻してしまう家が増えています。「ケ」の日と「ハレ」の日を、うまく使い分けて、ストレス社会の渦中を前にすすんでいくしかありません。